5000形・10000形・20000形に深く関わってきた小田急グループ社員のエピソードや想い出、開発秘話などを紹介します。
車両開発
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RSEの存在がなければ
VSEは生まれなかった
長野 真司 (1985年入社)
安全・技術部 部長
駅係員
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「あさぎり」には、公私ともども
たくさんの想い出が詰まっている
佐久間 幸道(1987年入社)
新宿管区 新宿駅 副駅長
ロマンスカーアテンダント
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お客さまが心からの
笑顔になっていただけるように
矢嶋 明乃(1996年入社)
株式会社小田急レストランシステム
車掌
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5000形乗務で得た知見が
今の自分を支えている
佐々木 徹(1989年入社)
足柄車掌区 指導主任
整備士
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手のかかる分“やりがい”も大きかった
車両たち
田中博行(1984年入社)
大野総合車両所 助役
運転士
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ともに歩んだ“同期”の
引退へ寄せる想い
原 修一(1988年入社)
足柄電車区 指導主任
ロマンスカーアテンダント
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「車両ならではの苦労」も
今では良い想い出に…
後藤 千裕(2004年入社)
株式会社小田急レストランシステム

長野 真司 (1985年入社)
安全・技術部 部長
当時の車両開発における
集大成的存在だったRSE
現在は、鉄道事業全体の安全マネジメントや環境対策などに取り組んでいますが、RSE(20000形)のデビューに向けた検討がなされていた当時、車両の開発を担当していました。RSEの開発には途中から参加したのですが、台車や車体などの設計や各種検査にも携わり、私にとって非常に思い入れの強い車両の一つです。
RSEは、ダブルデッカー(2階建ての車両構造)をはじめ、床面がすべてカーペット敷きだったり、スーパーシートに6インチの液晶テレビを設置したりと、歴代のロマンスカーの中でも、かなりユニークな存在でした。そのため、どのようなコンセプトで設計されたのか、というご質問をいただくこともあるのですが、実は、RSEに限らず当時の車両は、現在のように明確なコンセプトをもって開発に着手するのではなく、技術的な面を中心とした「よい車両」の実現が開発の主軸だったように思います。新たな技術を積極的に導入していくことがお客さまの利便性向上につながると考えられていたのですね。
たとえば、RSEは相互乗入れとなるJR東海の371系と仕様を揃えることを前提に開発されていましたが、グリーン車に相当する「スーパーシート」を設けるためには床面積を広げる必要がありました。最大の特徴とも言えるダブルデッカーは、その結果として採用されたものです。最初から2階建ての車両を作ろうとしたのではないんです。現在は廃止されている液晶テレビや、最新ニュースなどの情報を提供するLED掲示板の設置も、お客さまのニーズを反映したというよりは、そうした最新技術を盛り込むことが「よい車両」として当然、という考えが根底にあったように思います。この点で、RSEは当社にとって「よい車両」の集大成的存在であり、先進的な車両だったといえるのかもしれません。
ロマンスカーの“理想形”は
時代とともに変化すべき
もちろんこうした設備は、当社の車両にとって新たな運行区間である新宿・沼津間120分をより快適に過ごしていただきたいという目的の下で用意されたものですが、振り返ってみると、技術に寄りすぎていた面もあったことは否定できません。こうした経験を踏まえ、その後のロマンスカーは、技術畑の社員だけでなく現場でサービスを担当するスタッフなど、様々な立場からの意見を当初から取り入れ、お客さまが求めているロマンスカーとは何か?等、コンセプト設計を行ってから開発にあたるようになりました。RSEの存在がなければ、現在のVSE(50000形)やMSE(60000形)は生まれなかったと、自信を持って言うことができます。
開発に携わった者として、RSEの引退は個人的に残念な想いがあります。その一方で、消費電力や走行音などの環境対策、バリアフリー対応といった観点からみると、現在のニーズにあった最新車両に軍配があがるのはやむを得ないことですね。
ただし、VSEやMSEも、いつまでも最新の車両ではいられません。ロマンスカーの“理想形”は、時代のニーズに応じ、常に変わっていくべきもの。これまでの車両で培った技術やサービス面での知見を踏まえ、その時代のお客さまにとって、もっともワクワクできる乗り物であり続けるよう、一丸となってチャレンジを続けて参りたいと思います。

佐久間 幸道(1987年入社)
新宿管区 新宿駅 副駅長
ロマンスカーの花形でもあった
「あさぎり」
子どもの頃から鉄道が好きで、将来は必ず鉄道関係の仕事に就くと決めていました。入社は1987年でHiSE(10000形)とは、いわば同期の関係。駅勤務を経て1988年から車掌として通勤車やロマンスカーの乗務に就き、現在は新宿駅の副駅長を務めております。
車掌時代に、もっとも想い入れが強かった車両といえば、やはり「あさぎり」として運行されていたRSE(20000形)ですね。当時の「あさぎり」といえば、ロマンスカーの中でも花形。乗務に就けるメンバーは限られていたんです。それだけに、初めて「あさぎり」に乗務できたときの感激はひとしおでした。
「あさぎり」で印象的な想い出は、あの車両ならではの装備だった車内テレビでしょうか。私が乗務するようになった頃に、若乃花や貴乃花が活躍していた大相撲ブームがあったんですが、夕方に発車する「あさぎり」に乗ると、ちょうど結びの一番にかけての取り組みを、車内で視ることができたんです。そのために「あさぎり」をご利用になる常連のお客さまの中には、いつもスーパーシートをご利用される方も大勢いらっしゃいました。そのほか「あさぎり」10周年を記念して、仲間と特製のタイピンを作ったりなど、「あさぎり」には、楽しい想い出しかありません。ちなみに、妻(元・車内販売スタッフ)と出会うきっかけをくれたのも、この「あさぎり」なんですよ(照)。
小田急ファンの皆さまは
日本一の鉄道ファン!
現在は、副駅長として新宿駅の1日を見守る立場になっておりますが、お客さまへのサービスという点で、大きな違いはありません。車掌時代からのモットーは「お客さまのために良いと思ったことは、どんどんやるべし」。もちろん、基本業務はしっかり努めますが、小さなお子さまとの記念撮影に応じたり、外国からのお客さまに観光情報をお伝えしたりなど、小田急線をご利用いただく皆さまとのコミュニケーションに、なるべく多くの時間をとるようにしています。
とはいえ、駅勤務になってみると、車掌時代には知らなかった“景色”も見えてきました。たとえば、ロマンスカーが出発していく朝10時台のホーム。ホームに立っていると、これからロマンスカーに乗るお客さまの昂揚感が伝わってくるんですよね。あの独特な「プラスの気」を感じることができたのは、駅勤務となって特に嬉しかったことのひとつかもしれません。
また、ホームから車両の撮影を行うファンの皆さまのマナーがとても良い、というのも嬉しい発見でした。私自身、今でも鉄道写真を撮ることがあるから言えるのですが、小田急ファンの皆さまは鉄道ファンの中でも、特にマナーがよいと思います。おそらく、ラストランの当日には私も新宿駅で「あさぎり」の運行を見守ることになるのですが、ファンの皆さまも、ぜひ当日もマナーを守って、楽しく見送っていただきたいものです。
RSEやHiSEは引退してしまいますが、ロマンスカーはこれからも走り続けます。私が子どもの頃、颯爽と走るロマンスカーに憧れたように、これからのロマンスカーもより多くの鉄道ファンに愛される存在となるよう、駅勤務の立場として「良いと思ったこと」はどんどん実践していきたいですね。

矢嶋 明乃(1996年入社)
株式会社小田急レストランシステム
ロマンスカー事業部 パーサー
初めて気づいた
富士山の美しさに感動
実は入社するまで、ロマンスカーにはほとんど乗ったことはありませんでした。学生の頃から接客の仕事に興味があり、知人の紹介で現在の職場に入社したんです。
アテンダントとして、初めて乗務したのはHiSE(10000形)でした。しかし、それ以外の記憶はほとんどないのが正直なところ(笑)。当時は、とにかく一日でも早く仕事に慣れなくてはという、一所懸命な気持ちで働いておりましたので、それ以外の事柄に気をまわす余裕がなかったんだと思います。
それだけにある日、車窓から見える富士山の美しさに気づいたときには、とても感動しました。ようやく仕事にも慣れてきたという実感もさることながら、お客さまがご覧になっているのと同じ風景を見ることができるようになったことで、さらに親身になってサービスをご提供できる段階に進めたのが嬉しかったんです。
お客さまに快適なサービスをご提供するという、アテンダントの立場から振り返ってみると、HiSEとRSE(20000形)は苦労も多い車両でした。階段があることなどから、お年寄りや体の不自由なお客さまのご案内には特に注意を払いました。それでも、ハイデッカー(客室の床を高い位置に配置した構造)のため、他の車両とは違う景色を楽しんでいただけるなどの特徴もあり、お客さまにはご好評をいただくことが多かったです。
お客さまの笑顔を見ることが
私たちのいちばんの喜び
私たちアテンダントがご提供するサービスの根幹は、車両によって変わるものではありません。むしろ最新車両のほうが、バリアフリーという点や設備の新しさでは、より快適なサービスをご提供できると思います。その点では、個人的にVSE(50000形)がいちばん好きな車両です。
とはいえ、HiSEとRSEは歴史のある車両ということで、子どもの頃から好きだったというお客さまの声もよく聞きましたので、今回の引退はやはり寂しいものがあります。特に、見晴らしの良い展望席のファンだということで、この車両を選ばれてご乗車になるお客さまも多く、そうしたお客さまの笑顔を見ることで、HiSEやRSEの魅力をあらためて感じたものでした。
お仕事でロマンスカーを定期的に利用されているお客さまの中には、カバンのお忘れ物を私が見つけたことをきっかけに顔をおぼえていただき、その後も親しくご挨拶させていただいている方などもいるんですよ。
お客さまの笑顔を見ることは、私たちアテンダントにとっていちばんの喜び。HiSEやRSEを選んでご乗車いただいていたお客さまにも、他の車両でも心からの笑顔になっていただけるよう、これからも心がけてまいります。

佐々木 徹(1989年入社)
足柄車掌区 指導主任
バブル全盛期を走り抜けた
“小田急顔”との想い出
鉄道の仕事ということで、運転士への憧れもありましたが、お客さまと接する機会の多い仕事が性に合っていると思い、現在の職種を選択したんです。駅勤務を経て、初めて車掌として乗務したのは1991年のこと。初めての車両は、今回引退する通勤車両の5000形でした。
今でも“小田急顔”と言われるように、当時の5000形は小田急を代表する存在。運行本数も多く、新人時代から一人前になるまで、もっとも乗務する機会が多かった車両なんです。それだけに、想い出もたくさんありますね。当時としては最新車両の部類でしたが、それでも現在の車両に比べれば、冷房の調整など自分で制御しなければいけない点も多く、ずいぶんと勉強させてもらいました。その一方で、より良いサービスを行うための様々なチャレンジを行ったのも、この車両。毎日のように5000形に乗務していた頃に得た知見は、今でも役に立っていると思います。
当時の想い出で、何よりも忘れ難いのが週末の終電。私が乗務するようになった頃が、ちょうどバブルの最盛期だったので、土日の終電が、朝以上の満員電車ということもよくあったんです。今にして思えば、信じられない光景ですよね(笑)。
時代のニーズにあった
サービスを提供するために
ロマンスカーでの乗務は、通勤車両とは違う接客を行う必要があることから、気を遣う場面もある反面、楽しい想い出も多いかもしれません。HiSE(10000形)やRSE(20000形)はハイデッカー(客室の床を高い位置に配置した構造)のため見晴らしがよく、景色のご案内がしやすかったのを覚えています。やはり印象に残っているのは、お子さまとのふれあい。制服の帽子を被せて一緒に写真を撮ってあげたりとか、そうした接客はロマンスカーならではのものですからね。
通勤車両やロマンスカーを問わず、車掌の仕事にはある種の機転といいますか、状況に応じた素早い判断が必要になるんです。特に、お客さまへの適切なアナウンスなどは、マニュアル通りの対応だけでは行き届かないもの。振り返ると、私が入社した当時は、小田急でもお客さまへのサービスに対する意識の変革期であり、先輩後輩問わず、より良いサービスをご提供するための試行錯誤を盛んに行っていたような気がします。
HiSEやRSE、そして5000形はどれも思い入れの強い車両なので引退は残念なのですが、これらの車両を通じて培われたサービスの精神は、もちろん現在のスタッフにも受け継がれていますし、今後もあらたなチャレンジが続けられていくはず。常に時代のニーズにあったサービスをご提供できるよう、これからもがんばっていきたいと思います。

田中博行(1984年入社)
大野総合車両所 助役
先輩たちから教わった
車両に対する敬意
私が入社した当時、ロマンスカーの整備は経堂検車区(1994年に廃止)で行われていたんです。新人は最初に大野工場(現・大野総合車両所)に配属され、そこから各検車区に配属されていくことになっていたので、私が初めてロマンスカーの整備に関わったのは、入社から5年目のことでした。
そこで気が付いたのは、ロマンスカーの整備を担当している先輩たちが、通勤車両とは違った配慮を行っていること。たとえば、作業着や工具の汚れがシートにつかないよう気を付けて移動したり、整備が終わったあとに清掃を行ったりというように、ある種の敬意をもって車両に接してしているんですよね。清掃は改めて別の担当が行うので、整備士が行う必要はなかったんですが、そうした先輩たちの姿をみて、私も自然とそうした態度が身についていきました。
私が最初に整備を担当したのはLSE(7000形)。1987年に就役したHiSE(10000形)はその後継にあたる車両なので、基本的な整備で戸惑うことはなかったのですが、ハイデッカー(客室の床を高い位置に配置した構造)ということで、トイレの配管が他の車両より長く詰まりやすいなど、特有の苦労はあったかもしれません。とはいえ整備士からみても、優秀で良い車両という印象でしたね。
苦労という点で、ある意味想い出深いのはRSE(20000形)のほうかもしれません。メカニックはHiSEと大差なかったのですが、バブルの絶頂期に就役した車両だったので、床がじゅうたん敷きだったりと、整備の際に気を使う要素が多かったんですよ(笑)。テレビなど付属の設備も多く、整備に時間のかかる車両でした。
受け継がれていく
「安全・安定・安心」の精神
振り返ってみると、HiSEとRSEは就役から引退までを見届ける最初の車両なんですよね。整備士の立場からみると、この頃までの車両は、自分たちがタッチできない電子部品が多い最新車両とは違い、自分たちの手で直したり改善できる要素がたくさんあったので、苦労も多かった分やりがいも大きかったんです。安全性や快適さという点では、最新車両のほうが当然良いのですが、HiSEもRSEも手を加えればもう少し走れるのに、という想いは正直いってあります。なにより馴染みのある車両が、自分よりも先に“定年退職”してしまうことになるので、やはり寂しいものですよ。
とはいえ、HiSEやRSEをはじめ、これまでの整備を通じ心がけてきた「安全・安定・安心」という精神は、ロマンスカーや通勤車両を問わず、これからの車両でも変わらずに受け継がれていくべきもの。私が経堂検車区で働く先輩たちの後ろ姿から学んだように、すべてのスタッフが自然と身につけていくものであってほしいですね。

原 修一(1988年入社)
足柄電車区 指導主任
ロマンスカーを任されて
初めて“一人前”になれた
駅勤務などを経て、私が運転士としてデビューしたのが、1991年。ちょうど、「あさぎり」RSE(20000形)が運用に就いたのと同じ年なんです。ダブルデッカー(2階建て車両)など、当時最新鋭の設備やデザインを採用したロマンスカーの登場に、心がときめいたのをよく覚えています。
試験に合格し、ロマンスカーの運転を任されるようになったのは、運転士となってから3年後のこと。運転士の間では、「ロマンスカーを任されるようになって初めて一人前」というムードがあったので、やはり嬉しかったですね。
私の“同期”にあたるRSEはもちろん、個人的にはHiSE(10000形)にも深い思い入れがあります。HiSEは運転席が2階にあり、車内からはしごを使い運転席に上がる構造になっていたため、お客さまとコミュニケーションをはかる機会も多く、親子連れのお客さまと一緒に写真を撮ったことは、今でもよい想い出です。
車両は変わっても、
運転技術やサービスの基本は同じ
お客さまを目的地まで安全かつ快適にお届けするという点では、どの電車も変わりがありません。しかし、ロマンスカーの場合には、車内でお食事を召し上がるお客さまがいらっしゃるため、なるべく揺れが少ないように運転するなど、レジャー向けの電車として特別の配慮が必要となります。
私がロマンスカーの運転を任されるようになった当初は、まだNSE(3100形)のような旧車両も走っていたのですが、やはり運転のしやすさという点では、新鋭のHiSEや「あさぎり」のほうが良かったですね。特にLSE(7000形)以降はブレーキが電気指令式となったため、タイミングよく操作ができる点は、運転していてとても心地よかったものです。
一方、通勤電車では、やはり5000形がもっとも思い入れの深い車両でした。いわゆる“小田急顔”と呼ばれるフォルムも好きでしたが、運転士の立場からの感想としては、当時の他の車両に比べ、ブレーキがよく効いたので、停止線ピッタリに停める場合などに、細かな調整がしやすかったのが良かったですね。余談ながら、5000形は冷房の効きもよく運転士にとっても快適な車両でした(笑)。
RSEやHiSE、そして通勤の5000形のいずれも、私の運転士としての歴史の中心にあった車両なので、今回の引退は正直言って寂しい気持ちがあります。しかし、車両はなくなっても、お客さまを目的地まで安全かつ快適にお届けするという基本は同じ。現在は、指導主任として育成にあたっていますが、RSEや5000形の運転を通じて学んだ技術やサービスの精神は、これからも変わることなく伝えていきたいと思います。

ロマンスカーアテンダント
後藤 千裕(2004年入社)
株式会社小田急レストランシステム
ロマンスカー事業部 パーサー
子どもの頃から大好きだった
憧れのロマンスカーたち
出身地が小田急沿線なので、子どもの頃からロマンスカーは馴染みのある存在でした。颯爽と走るワインレッドカラーのロマンスカーの姿に胸ときめかせていたことや、家族旅行で乗った「あさぎり号」の車内で買ってもらったアイスクリームがとても美味しかったことなど、想い出は数多くあります。接客の仕事に興味があったため、現在の職場に就いたのですが、今にして思えば、当時から将来はロマンスカーで働きたいという気持ちがあったのかもしれません。
そのため、やはりHiSE(10000形)と「あさぎり」として運転されることの多いRSE(20000形)は、アテンダントとして乗車し、お客さまのお世話をさせていただくようになってからも、特別に思い入れの深い車両でした。ちなみに、車内でも販売しているHiSEのボールペンは、公私とも愛用しているんです(笑)。
どちらも特徴のある車両で、お客さまの人気も高かったのですが、お客さまからの反応で興味深かったのはRSE。他の車両はVSEや50000形といった呼び方をされる場合も多かったのですが、RSEに関しては、皆さん20000形やRSEとは呼ばず「あさぎり」と呼ばれることが多かったんです。それだけ「あさぎり」という愛称が定着していたんでしょうね。
HiSEに関しては、車体のカラーリングやフォルムを含め「ロマンスカーらしいロマンスカー」ということで、昔からファンというお客さまも大変多くいらっしゃいました。特に先頭車両なら展望席だけでなく、車両後部の階段を上がった一列目の席が、また違った眺めが楽しめるということで、その席を希望される方もいらっしゃるなど、それぞれ“こだわり”をもってロマンスカーの旅を楽しまれていたようです。
お客さまへ提供するサービスは
常に変わらずこれからも続く
サービスを提供させていただく側として、HiSEやRSEには独特の苦労もありました。たとえばRSEには2階建ての車両があったため、そこでは通常のワゴンによる販売が行えず、複数のお客さまからご注文いただいた商品を、何度も往復してお届けしたことなどは、今となっては良い想い出といえるのかもしれません。
アテンダントの仕事をするにあたり、先輩方から受けたアドバイスの中で、今も心がけているのが「落ち着いて急ぐ」ということ。新宿・箱根間、1時間30分程度という短い乗車時間の中で、お客さまに快適かつ正確なサービスをご提供するためには、迅速な判断と行動が要求されます。しかし、急いでいる様子が表情や態度に出てしまうと、お客さまに不快な印象を与えてしまうこともあります。急いでいる様子は見せずに、最速で正確なサービスをご提供するという心構えは、車両は変われど、後輩に伝えていくべきアテンダントの基本だと思っています。
先ほども申しあげたとおり、HiSEとRSEのどちらも、個人的にも思い入れの深い車両なので、引退してしまうのはとても寂しいです。しかし、現在活躍しているVSEといった新型車両はもちろん、これから登場する車両にも、HiSEやRSEが持っていた「ロマンスカー」としての魅力は受け継がれていくはず。我々アテンダントも、お客さまにご満足いただけるサービスを提供していけるよう、よりいっそう精進をしていきたいと思っています。













































































