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多摩川の下流上部左岸の広々とした河岸段丘面(立川段丘面)上の古墳や社寺、河川敷の植物や治水事業の跡を訪ねながら、川のもたらす「恵み」や「脅威」に思いを馳せることのできるコースです。多摩川は山梨県笠取山(標高1,941m)に源を発し、東京湾に注ぐ延長138q、流域面積1,240q2の1級河川です。武蔵野台地と多摩丘陵に挟まれた谷を流れ、流路を何度も変えながら上流からの土砂を大量に下流に運び込み、河岸段丘や平野をつくりだしました。この辺りの開放的な河川敷では、多摩川の水辺に特徴的な自然や動植物を見ることができるほか、サイクリングコースや、野球場、少年サッカー場など各種スポーツ広場が整備され、都市生活に潤いを与えるオアシス空間として多くの方に利用されています。
![]() 泉龍寺は、奈良の東大寺の建立に尽力した良弁僧正が開いた寺といわれ、江戸末期の二層造りの珍しい鐘楼があります。本堂に安置されている地蔵尊は、江戸時代中ごろから近郷の講中の家を巡行していたもので、お地蔵さんのお宿をすると「子供が丈夫に育つ」「子供を授かる」といわれ、「子育て地蔵」として信仰されていました。サクラやマツ、イチョウ、メタセコイヤなど大木の緑で囲まれた境内には、弁財天の池をはじめさまざまな狛江市指定の文化財があります。
![]() 「しみず」という名で親しまれているこの池は、奈良時代の大かんばつの時に良弁僧正が雨乞いを行ったところ竜神が現れて雨を降らせ、しみずが湧きだしたと言い伝えられています。しかし、この湧水も昭和47年に涸れてしまい、現在では給水を行うことで維持されています。この池周辺は緑地保全地区に指定され、アオギリ、シラカシ、イチョウ、ミズキなどの大木があります。
![]() 住宅街の歩道沿いに、真っ白い幹肌が目立つムクノキがあります。沿岸地域や渓谷沿いに自生しますが、公園や人家の周辺、屋敷などにも植栽されます。
近年、環境悪化の影響により、生育数が減少している傾向が見られます。
![]() 18世紀末ごろの民家が1棟保存されていますが、もとは泉龍寺の南にあった荒井家屋敷で1991年に狛江市の文化財に指定され、2002年に園内に移設されました。「むいから民家園」という名称は藁葺き屋根に使う麦わらを「むいから」というところから名付けられたとのことです。
![]() この辺りは、立川段丘面の中でも小高い丘になっていて、5世紀中ごろから6世紀半ばにかけ、「狛江百塚」と呼ばれるほど多数の古墳が築かれました。これは、多摩川のもたらす肥沃な土壌と清水などの「恵み」が有力豪族の成長の基盤を形成していたことを示すものと思われます。今残るのは10数基と少なくなってしまいましたが、この兜塚古墳は直径36m高さ5mの円墳で、狛江古墳群の中で原型をもっとも良くとどめていて、東京都史跡に指定されています。
![]() 伊豆美神社は平安時代に創建されましたが、天文19年(1550年)の洪水で被害を受けたため現在地に移転したと伝えられています。鳥居は狛江市内に残る最古の石造りで、1651年にこの地を領していた石谷貞清が寄進したものです。関東三大鳥居の一つ(ほかには日光東照宮、鎌倉鶴岡八幡宮)としても知られていて市の指定文化財になっています。境内にはケヤキ、イチョウ、アラカシ、クスノキ、シラカシなどの大木が多く残っています。
![]() 万葉集の14巻に収められている「多摩川にさらす手づくり さらさらに 何ぞこの児の ここだ 愛しき」の歌が刻まれています。万葉の時代、多摩川沿いは麻のもとになる「カラムシ」の名産地で、この皮をはいで布に織り、棒でたたいて柔らかくしながら多摩川の水にさらすというのが、女性の大切な仕事でした。歌碑は1805年に松平定信の揮毫により多摩郡猪方村に建てられましたが、多摩川の洪水で流出したため拓本をもとに1992年に現在地へ再建されたもので、東京都の旧跡に指定されています。
![]() 土手の外側には雑木林を生かした西河原公園があり、ここはかつて六郷用水(次大夫堀)取り入れ口があったところです。少し前までは西河原の一帯は住宅も少なく、梨畑と水田が広がるのどかな田園風景が広がっていましたが、その後宅地化が進んだことにより狛江市がここを公園として整備しました。噴水や池の周りにたくさんの樹木が植栽されていて、人々の憩いの場となっています。
![]() この松は、多摩川の堤防を補強する目的で植えられた水害防備林の一部が残ったものです。現在はわずか11本しか確認することができませんが、多摩川の洪水を治めるための先人の努力が偲ばれます。通称「狛江の五本松」とも呼ばれ、昔の多摩川堤の名残を留めた景観として,1982年に「新東京百景」に選定されたほか、多摩川50景の一つにもなっています。また、毎年7月には、多摩川いかだレースのスタート地点として賑わいを見せています。
![]() オギ ススキに似ているオギが、河川敷や水路沿いなどの湿ったところに群生しています。ススキは陸側の乾いたところに生え大きな株を持つのに対して、オギは茎1本1本が別々に立ちます。また、オギは葉しょうの部分(茎を取り囲んでいるさや状の部分)に毛がたくさん生えています。
![]() 多摩川周辺に広がっている水田に水を引くため、1629年に宿河原に竹で編んだ篭に玉石を入れた蛇篭をいくつも並べた堰と取入れ口がつくられました。現在の宿河原堰は1999年に改築され、約220mの堰に6つのゲートが並び水量の調整をしています。また、両側に魚道を整備し、タモロコ、オイカワ、アユなどが遡上できるようにしています。
![]() 宿河原堰下流の河床に、淡黄色の比較的柔らかい岩盤(青灰色塊状粗粒泥岩)が露出しています。これは、右岸の多摩丘陵や左岸の武蔵野台地の基盤を形成している地層まで多摩川が侵蝕した結果です。この地層は、約100万年前の浅い海に堆積した上総層群と称される地層で埋もれた貝が白く見えています。
![]() ハリエンジュ(針槐)ともいわれるニセアカシアが、河畔林を形成している場所があります。日本では「アカシア」と呼ばれていますが、本当のアカシアはオーストラリア原産のフサアカシアやギンヨウアカシアなどの植物のことで、日本ではそれらを「ミモザ」と呼んでいます。最近、ニセアカシア群落は河原や海岸、放棄耕作地などさまざまな土地へ侵入し、そこの生態系を崩し、植生の多様性を低下させ、問題になってきています。
![]() 1504年に開創され、かつては和泉多摩川駅の西側辺りにあったものが、多摩川の洪水により現在地へ移転したと伝えられています。お堂にあるおしゃもじ様にお参りすると、咳、風邪、のどの痛みなどが治るといわれています。境内にあるボダイジュは狛江市の天然記念物です。
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狛江駅〜和泉多摩川駅コース