
|
このコースは武蔵野台地の東端に広がる郷愁誘う田園風景を想い、縄文遺跡が眠る代々木八幡神社の鎮守の森や、玉川上水の水路跡地を整備してつくられた緑道、小田急線の開通に伴い整備が進んだ緑豊かで清閑な邸宅街を巡るコースです。この辺りは武蔵野台地の東端から東京低地に移行する場所で、幡ヶ谷台地に旧宇田川水系の谷の入り込む、変化のある地形になっていて、台地上に位置する代々木八幡神社では縄文時代の遺跡も発見されています。また、江戸300年の礎として庶民の命を支え続けるとともに、武蔵野台地の新田開発の農業用水供給の役割も担った玉川上水が台地上を西から東へ向けて流れ、この辺りの情景をもとに国文学者の高野辰之(たかのたつゆき)により作詞された小学校唱歌「春の小川」にも歌われているような田園風景が明治の末ごろまでは広がっていましたが、昭和2年の小田急線の開通に伴い住宅地整備が進み、現在は緑豊かな住宅地となっています。 ![]() ![]() エンジュ 駅前から山手通りへ上がる階段横に花壇があり、季節の草花を楽しめます。さらに上がるとエンジュが植栽されています。
![]() 竪穴式復元住居 代々木八幡の境内には縄文時代の遺跡があり、渋谷区の史跡に指定されています。1950年の発掘により、約4500年前の住居跡が発見され、現在は竪穴式の住居が復元されています。当時は海進により武蔵野台地の下まで海が広がり、それに面した高台に縄文人が生活していたそうです。神楽殿そばの展示館には、出土した石器・土器と発掘当時の写真や縄文時代の集落を模したジオラマが展示されています。
![]() ![]() マテバシイ 代々木の総鎮守である代々木八幡の創建は、1212年です。境内はスダジイ・アカガシ・マテバシイなどの常緑樹を主とし、ケヤキ、イチョウなどの混生するうっそうとした林になっていて、渋谷区の保存樹林に指定されています。また、東に隣接する福泉寺では、スダジイ、イヌガヤ、サルスベリ、シキミ、モッコクなどが見られます。
![]() この道は、江戸時代から代々木八幡への参詣道としても使われてきた道の姿を尊重し、大木を残しながら整備されていることから曲がりくねっています。また、宅地開発に際しても既存樹木をできるだけ残すように配慮されており、クスノキ、スダジイ、アカガシ、トウカエデ、ソメイヨシノなどの区保存樹木が点在した閑静な住宅街が形成されています。
![]() ![]() ケヤキ並木 総面積24,000㎡の、施設が充実した総合体育施設です。周囲は都心とは思えないほど豊かな緑に囲まれ、また、樹形の良い大きなケヤキの列植や並木が多く、目を引きます。
![]() ![]() 復元された橋 玉川上水は江戸時代に急増する都市住民の飲料水を確保するため、多摩川の羽村取水口から四谷大木戸(現在の新宿御苑前)まで掘られた用水路です。旧水路を暗渠化し、その上部を緑道として整備したものが玉川上水西原緑道です。緑道に残る橋が、かつてここに上水が流れていた事を偲ばせます。都心部では玉川上水旧水路はほとんどが暗渠化されていますが、笹塚駅の南部には旧水路が現れ、水の流れを見ることができます。
![]() ![]() ウコンザクラ この公園は、もともとは戦前防空の目的で東京都心を広域的に取り巻くグリーンベルトを形成する「防空緑地計画」の一環として計画された緑地で、1950年10月に開園しました。園内にはソメイヨシノ、タイサンボク、ヤブツバキ、ケヤキ、ヤマモモ、ユリノキ、メタセコイア、マテバシイ、スダジイなど高木500本と低木2,800株が植栽され、総面積は約15,000㎡あります。少年野球場や各種遊具施設があり、落ち着きのある公園です。
![]() ![]() 邸宅が立ち並ぶ閑静な住宅街の道沿いにはサツキ、カナメモチ、ヒサカキ、サンゴジュなどを用いた生垣が続きます。
|




















代々木八幡駅〜代々木上原駅コース