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2024年9月、新型車両の設計着手が発表されたロマンスカー。観光地・箱根の再興への思いを込めて就役し2023年に引退した 特急ロマンスカー・VSE(50000形)の後継として2029年3月の就役を目指して設計を進めています。
今回は、車両デザインを担当する㈱COA(コア)一級建築士事務所の長曽我部亮さん、岡野道子さん、車両の設計にあたる小田急電鉄㈱運転車両部の卯塚誠さん、保坂理夫さんの4名へのインタビューを通して、新型車両のコンセプトやデザインが生まれるまでの過程、そこに込めた思いを聞きました。
建築家の視点からたどり着いた、新型車両の「水」というキーワード
子育て支援住宅、特別支援学校などの公共建築を設計してきたCOA一級建築士事務所(以下、COA)にとって、鉄道車両のデザインは今回が初めて。初の試みにあたって、岡野さんはかつてロマンスカーに乗った際の思い出がヒントになったといいます。
「長曽我部とともに在籍していた建築事務所の社員旅行で、箱根に行ったことがあるんです。私は幹事で、もちろんロマンスカーを利用して箱根へ向かいましたが、その車窓の移り変わりに驚いた記憶がよみがえりました。見慣れた新宿のビル群から住宅地へと変化し、気が付けば樹木が茂る豊かな山へと入っていく。冬だったので雪も降っていて、都心から1時間半ほどで、こんなにも変化するんだ、と驚いたんです。都市と自然がつながっているんだ、と実感しました」
今回のプロジェクトを受けて、ロマンスカーに何度も乗車し、小田急沿線にはどのような雰囲気の街があるのか、どのような環境にあるのかフィールドワークを重ねたという岡野さんと長曽我部さん。そのアプローチは建築家ならではでした。
「普段、建築の設計をやるときと同じアプローチで敷地、つまり環境から見始めました。駅と駅、街と街を結ぶ鉄道であっても、路線によって微妙に雰囲気が違うことがありますよね。小田急沿線の絵を描いてみると、新宿と箱根を結ぶ間に川を何度も渡り、水がきれいなことで知られる街もあり、もちろん温泉もあって……。そういった『水』という存在がすごく身近にある沿線なんだと気付きました」(長曽我部さん)
活火山である箱根山からは、地球のエネルギーやダイナミックさも感じられ、その恵みを受けながら力強く育まれてきた小田急沿線。そうした経緯から、沿線を表すキーワードとして「水」という発想にたどり着きました。
各部門からメンバーを招集し、「思い」をコンセプトへと昇華させる
小田急電鉄でも、今回のプロジェクトでは新たな試みを取り入れています。これまで鉄道部門だけで行われていた車両コンセプトの策定を、「プロジェクトデザイン分科会」を設置し、設計担当に加えて鉄道部門以外の部署からもメンバーを集め、さまざまな切り口から議論を交わしました。
「COAさんと分科会との共同でワークショップなども行い、提示いただいたアイデアについて議論や意見交換の場を用意しました。鉄道部門以外の分野からもメンバーが集まっているので、車両担当だけでは出てこないような発想がたくさん飛びだしたり、社員がロマンスカーという存在をいかに特別に感じているか、また、いち利用者として箱根へと向かう時間にどのような価値を見出しているのかを知ることもできました」
こう語るのは技術員として車両設計に携わる保坂さん。車両整備士としてキャリアを積み、設計を担当するのは今回が初めてで、ロマンスカーに寄せられる期待の大きさを日々感じているといいます。
そして、この分科会での議論を経て生まれたコンセプトが「きらめき走れ、ロマンスカー」です。豊かな水面のきらめきや、その光をうけてきらめく車体。さらに、ロマンスカーに乗る人や見た人の心が動き、きらめくような車両に……。そんな思いが込められています。
卯塚さんは、2025年4月からプロジェクトに関わるようになり、このコンセプトを目にしたときのことをこう振り返ります。
「新鮮なアプローチだなと感じました。思えば、小田急電鉄は自社のポスターでも多摩川や四十八瀬川の橋を渡る姿を起用したり、かつては鮎漁解禁に合わせて『あゆ電』という電車が走っていたりと、箱根の温泉地をはじめ『水』との関わりが深いんです。そこに着目いただいて、小田急と水の関係性を解釈いただけたのは、新鮮でありながらとても納得感がありました」
COAの二人からも、「きらめき」という言葉には特にこだわった、という声がありました。
「『輝き』も言葉自体は似ていますが、自分自身が物理的に光るイメージ。ロマンスカーの場合はどちらかというと、光を受けて反射するイメージと、ロマンスカーや小田急を利用する人の心に対しても、『乗ってみたい』『ワクワク』という心が動く、きらめく瞬間を表現したいなと考えて、『きらめき』という言葉を選びました。そしてそのきらめきが波紋のように多くの人々に広がっていく姿をイメージしています」(長曽我部さん)
見る人、乗る人、関わる人。誰もが“心動かすロマンスカー”へ
こうして生まれたコンセプトは、車両のデザインにも反映されています。
車体カラーは、水の清らかさを感じさせ、シーンによって見え方や感じ方が変わる「淡い水色」をベースに、車両連結部にはロマンスカーの伝統色でもあるバーミリオンオレンジを施します。また、車体のデザインには「ゆらぎ」と名付けた曲線的なデザインを取り入れ、見る人の心をきらめかせ、自然に溶け込むやわらかな印象も与えることを意識したといいます。
「既存のロマンスカーでも、目にするだけで『特別な列車なんだ』と感じてドキッとする感覚があると思います。新しい車両でもそれを感じられるようにしたいですし、旅する人だけでなく、例えば通勤途中なんかに偶然ロマンスカーを見かけた人の心にも『今度の週末にロマンスカーに乗って旅行したいな』という思いを喚起するような車両にしていきたいですね」(岡野さん)
卯塚さんからはチャレンジに対する思いが聞けました。
「これから製造に向けた詳細設計の段階に入っていきます。技術担当としては、お客さまにとって安全で快適な空間づくりを最優先とし、乗務員から見た使いやすさや、メンテナンス面といった点も考慮した設計が必要です。難しいところもたくさんありますが、このコンセプトを車両で表現し、次の100年に向けて新たな価値を創出する一歩を踏み出す挑戦にワクワクでいっぱいです」
水の恵み豊かな小田急線沿線を、きらめきながら走るロマンスカー。旅への期待に、乗る人の心と時間をもきらめかせる存在として、そのデビューの日が待ち遠しく感じられました。
※内容は取材時のものです。