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世田谷区の旧池尻中学校は、2022年まで、コミュニティづくりや地域の活性化を目指す施設「世田谷ものづくり学校」として親しまれてきました。その後を引き継ぐ形で、世田谷区やまちの人と一緒に進めるプロジェクトによって生まれたのが、「HOME/WORK VILLAGE(ホームワークヴィレッジ)」です。
小田急電鉄㈱とともにプロジェクトを進めるのは、地下化工事を終えた小田急線東北沢駅~世田谷代田駅間の線路跡地を開発した「下北線路街」で、商業空間「BONUS TRACK」を手掛けたキーパーソン、㈱散歩社 ファウンダーの小野裕之さん。
そして、下北線路街に加えて本プロジェクトにも携わるエリア事業創造部の向井隆昭さんに、小田急電鉄の沿線外である池尻エリアで取り組む背景や、下北線路街で培ったノウハウをHOME/WORK VILLAGEでどのように生かそうとしているのか、またここをどのような場として地域に定着させたいのか、その思いを聞きました。
プレーヤーがいきいきする、まちづくりの在り方を探る
小田急電鉄が開発にあたった下北線路街は、商業施設や宿泊施設、教育寮やイベントスペースなど多様な13エリアから構成され、2022年5月に全面開業した、“みんなでつくる新しい「街」”です。
(向井)線路の跡地を開発するにあたり「支援型開発」(※)の重要性を肌で感じることができたのは大きな収穫でした。下北沢は事業をされている方の熱意も強く、当事者意識の強い方が多いのも特徴です。ですから、小田急が主導して開発を行うのではなく、プレーヤーやニューカマーが参加できる“余白”を意図的に残したまちづくり・施設づくりに注力しました。例えば、オープンスペースを充実させ、シェアキッチンやレンタルスペースをつくって「何かやってみたい」という方が気軽に利用できる場を設けるなど、地域の方のチャレンジに役立てられていて、地域に関わる関係人口が増えたことを実感しています。
※まちを「変える」のではなく、「支援」し「地域の魅力を引き出す」ことを目指す、小田急電鉄の開発スタイルの一つ

下北沢のカルチャーイメージは残しながらも、それまで下北沢にあまり訪れることのなかった子育て層や、異なる属性の生活者が訪れるきっかけにもなったと言います。ディープさとライトさのさじ加減に気を配ったことで、誰もが気負わずに歩けるエリアへと変化しました。
(小野)コロナ禍もあって、下北沢のような住宅地と商業地の“はざま”にある職住が一体となった街の存在価値が改めて評価された印象があります。消費行動をするだけでなく、当事者として街に参加したくなるような仕掛けが、下北線路街の開発ではうまく作用したと感じています。小田急さんと一緒に下北沢に寄り添いきったという手応えがありますし、BONUS TRACKを含めて稀有な事例として他の企業さんや自治体さんからも引き合いがあります。今回の旧池尻中学校跡地プロジェクトについても、「BONUS TRACKのような開発はどうしたらできるのか」という議論を世田谷区さんとも積み重ねてきました。

中学校跡地を拠点に地域のにぎわいを生み出す
世田谷区の公募に応募して、結果、事業者に選定された旧池尻中学校跡地プロジェクト。支援型開発のネクストステップとして、下北沢でのノウハウの再現や新たな可能性の模索の場として取り組みが進んでいます。
(向井)小田急電鉄からすると、池尻は鉄道沿線外のエリアですが、池尻大橋駅の隣・三軒茶屋駅からは下北沢駅へ小田急バスが発着するなど、鉄道以外の交通網でカバーされています。それに、今後の人口減少を考えると「沿線/沿線外」という枠組みにとらわれずエリアを面としてとらえるべきと感じています。小野さんから声をかけられたときには「ここで、支援型開発ができたら」と純粋にワクワクしましたし、下北線路街で進めている長い目で見たまちづくりを、他のエリアでも再現したいなという思いがありました。

HOME/WORK VILLAGEは、旧池尻中学校の校舎を活用して店舗やオフィスを誘致し、グラウンドや体育館を活用することで地域住民や利用者の接点となり、イノベーション拠点としての役割も果たす施設です。
(小野)BONUS TRACKとHOME/WORK VILLAGEの共通点は、店舗ビジネスにエッジが立っている点です。とりわけ、自分の好きなものや、価値を感じるものにお金を使いたいというお客さんが多いと感じます。また、世田谷区からは、コロナ禍の影響が大きかった飲食や小売りなどの対面型サービス業の振興という与件もいただいていたので、テナントを誘致する際にもそういった点をフォーカスしています。
(向井)それから、区との対話やコミュニケーションは、小野さんとともに特に大切にしてきた部分ですね。近隣の住民の方にとっては、新しい施設ができることに少なからず不安もあって。区としても住民の方へのフォローは必要ですが、産業振興の観点からそのすべての要望や意見に「わかりました」と言うわけにいかない部分もあります。地域に開かれた場としての機能を十分に発揮するため、「BONUS TRACKのような新たなチャレンジが生まれる場所にするためには、どのようなやり方がいいと思うか」という話も、よく議論に上がりました。
(小野)長期的に見て、投じた資金がしっかり生きるのはどんなやり方か。教育機関でも福祉施設でもない、産業振興施設としてしっかりとその機能を果たせるよう、区や学校関係者といったステークホルダーとのコミュニケーションには注力しました。
関わる誰もが役割を理解し、共に形づくる真のパートナーシップ
2025年7月にいよいよグランドオープンを迎えるHOME/WORK VILLAGE。下北線路街での考え方を池尻というエリアへと展開し、新たな地域で価値を生み出す場として活動をスタートしていきます。最後に、今回のプロジェクトで新たに感じた支援型開発の在り方について、お二人に尋ねてみました。
(向井)運営主体は、施設の近所でハンカチ屋を創業されてから地域活性化にも注力するオールドファッション㈱や、小野さんが創業した散歩社さんなどの出資によって設立された方方(ほうぼう)㈱です。小田急の立ち位置としては、区から施設を借り改修工事を行ったうえで、方方さんにお貸ししてと、間に立つ調整役となる「コーディネーター」という言葉がイメージされやすいかもしれません。ですが、私たちは自分たちがまちづくりのコーディネートをしているという感覚はないんです。もちろんステークホルダーや事業者との調整などは行いますが、どちらかといえばプレーヤーもステークホルダーも、事業やまちを形づくっていくパートナーだと考えています。お客さまのニーズも多様化する中で、私たちだけでは価値提供に限界がありますし、共創が当たり前に必要なんですよね。
(小野)小田急さんの場合、ファンド(出資者)目線がしっかりとあることで共創が成功しているのだと感じています。プレーヤーと出資者には明確に違う役割があって、それを全うすることが共創を成功させる条件なんです。例えば、出資者が「お金を出したんだから」と意のままに開発をさせると、プレーヤーの思いが生かしきれず、結果として場の良さが発揮できなくなってしまうこともあります。下北線路街をやってきて「お金の力だけでは獲れないマーケット」の存在は明らかになったので、ファンドとプレーヤーがお互いのプロフェッショナル性を尊重しながら取り組める事例を増やしていきたいですよね。
(向井)HOME/WORK VILLAGEでは、この施設を起点に世田谷区内の産業を盛り上げていくことが使命の一つです。地域に開かれた場として地域住民の方との接点づくりや、親しみ、愛着を持っていただくための施策も課題ですね。下北沢で得たものを糧に、訪れる人を「お客さま」としてもてなすだけではなく、何らかの形で巻き込みながら、その活動が口コミ的に広がっていくような取り組みができたらと考えています。

HOME/WORK VILLAGEの最寄り駅となる池尻大橋駅は、渋谷駅の隣駅。渋谷との物理的な距離は近いものの、まちの表情は異なり、「あえてここを選ぶ」という人も多くいます。HOME/WORK VILLAGEが今後、池尻というまちでどのように機能し、成長していくのか。下北線路街の事例を踏まえながら、その違いや共通点にも注目していきたいと思います。
※内容は取材時のものです。